久部良(くぶら)バリ


久部良バリ
久部良バリ


案内板  

久部良バリとは、与那国島久部良にある、長さ約15メートル、幅約3メートル、深さ約7メートルの岩の割れ目のことです。バリとは割れの意味です。

16世紀、与那国島は琉球王国の支配下にありました。その琉球王国は、薩摩藩の島津家の率いる軍勢に占領され、琉球王国とその属国は薩摩に支配されていたのです。薩摩藩は厳しい年貢を要求したため、琉球王国は、人頭税と呼ばれる重税を領民に課しました。人頭税とは、人頭税石という高さ143センチメートル程の石より背が高くなった15歳以上50歳までの男女に対し、病人でもケガ人でも、無条件で税金を義務付けるというものでした。


与那国島には、人頭税から逃れようと、妊婦に岩の割れ目を飛ばせて人口制限をした、という悲しい伝説が残っています。その岩の割れ目が、上の写真の久部良バリです。 妊婦たちは必死の思いで飛んだでしょうが、与那国島の教育委員会の資料では、その多くは転落死したり、流産したと語り伝えられているそうです。割れ目は、一見すると青年男子なら飛べそうですが、女性、それも妊婦が飛ぶのは至難の業です。また、飛べても着地地点が砂場ではなく岩場ですので、ケガは免れないでしょう。その上、どちらの方向から飛んだのか分かりませんが、写真の左から右だったら傾斜が付いていますので、勢いよく飛んでも岩から転がり落ちますので、大ケガをするでしょう。もしサンアイイソバ(注)がこの時代に生きていたら、こんな所業は許さなかったでしょう。与那国の歴史上、最大の悪業は、歴史の残酷さを今に伝えています。

(注)サンアイイソバ…15世紀末に生きた与那国島を統治していた女性で、宮古島の仲宗根豊見親(なかそね とぅゆみゃ)の軍勢が与那国島を攻めたとき、ティンダバナ(西の浜を見下ろす高台)に陣取り敵軍を監視し、敵が侵攻してきたときには自ら太刀を持って先頭に立ち、与那国に勝利をもたらした英雄です。おそらく呪術を操った神女だったと思われますが、琉球の歴史のなかで女性が首長であったという記録は、本島、離島を含め、ここ与那国以外にはありません。



地図をご覧になる方はコチラから ⇒久部良バリ。久部良バリへは、空港から車で15分くらいです。



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・軍艦岩 ⇒ コチラから
・立神岩 ⇒ コチラから
・Dr.コトー診療所 ⇒ コチラから
・日本最西端の碑 ⇒ コチラから
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・アヤミハビル館 ⇒ コチラから
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