与那国の海底地形


海底地形

古代の神殿か自然の造形か?


昭和61年、ダイバーが島の南側の岬から100m沖合の海底に、超ビッグサイズの「岩」を発見しました。その大きさは、南北約250m、東西約150m、高さ約26mに及ぶ巨大なもので、それでもまだまだ調査段階なので、今後もっと広がっていくかもしれないと言われています。 その岩には人工的に切り出したような跡や、人がちょうど歩くことができそうな通路状の隙間、階段状の壁、柱が立っていたと思わせる穴など、人が加工しなければできないかのように思われる形状を備えていたため、古代の神殿遺跡ではないかと報道されました。 人によっては、これは「ニライカナイ(注1)」ではないかと言い出す人もいて、沖縄では一大ブームになりかけたそうです。

しかしながら、沖縄県では、人が関与した痕跡があると判断できないとの理由で、遺跡として認定しておりません。「海底地形」をめぐっては、研究者の間で人工物(遺跡)か自然地形か意見が一致しておらず、これまで文化財指定の前提となる学術的な評価が行われていませんでした。そこで与那国町は、平成28年3月に、学術的調査を行いました。 調査を行った琉大准教授の尾方准氏(地球科学) は「実際に見たのは今回が初めてだったが、90%以上は自然の地形と思う。東崎(注2)や軍艦岩(注3)など、陸上に似ている地形があり、それの連続だということをほぼ確信した。岩石をサンプリングし、陸地と海底地形のものが同じか調べる必要がある。同じだったら、ほぼ確実に自然にできたものといえると思う」と語った。 つまり遺跡ではなく、自然に出来たものではないかという推測がされたのです。Wikipediaによると、 琉球大学理学部准教授の中村衛氏や元沖縄県埋蔵文化センター所長の安里嗣淳氏らの複数の学者も、自然地形説を採っている と紹介されています。

遺跡だと主張している方々の根拠としては、ここは、かって陸上にあり、2〜3000年前に急激な地殻変動で沈んだ。岩を組み合わせたアーチ門がある。階段がある。テラスがある。柱を立てたような穴があるなどから遺跡と主張しておられます。

この地形を見たい方は、自分でダイビングorシュノーケリングするか、海底遺跡観光船に乗って下さい。観光船は、お一人、6,000円、4名以上とシルバーは、5,000円(平成30年6月現在)で、ガラス越しに見ることができます。ただし、海の荒れている日は欠航となるそうです。上の写真は、海底観光船を経営している会社からお借りしました。

なお、このページで、「海底地形」と表現しているのは、学術的に「海底遺跡」とは見なされてはいないために、こういう表現をしています。与那国島のパンフレットには海底遺跡と記載されていますが、今後、人工的に造られたものだということが認められたら「海底遺跡」と表題を変更します。しかし、自然地形だとしても、海の中に巨大な岩があることには変わりなく、その価値が下がるものではないと思うのですが…。

(注1)ニライカナイ… 沖縄で海の彼方や海底にあると信じられる理想郷のこと。しかし、ニライカナイは海の彼方といっても、東の海の彼方といわれているので、ここは、本島から見れば南西の彼方ですので、ちょっと無理があるような…。
(注2)東崎(あがりざき)…与那国島最東部にある断崖絶壁 。詳しくは ⇒ コチラから
(注3)軍艦岩…与那国島の南東部にある巨大な岩。詳しくは ⇒ コチラから

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◎与那国島全般の案内は、⇒ コチラからご覧ください。
◎このサイトでご紹介している与那国島の観光地については、次の「⇒ コチラから」とリンクしています。
・東崎灯台 ⇒ コチラから
・軍艦岩 ⇒ コチラから
・立神岩 ⇒ コチラから
・Dr.コトー診療所 ⇒ コチラから
・日本最西端の碑 ⇒ コチラから
・久部良バリ ⇒ コチラから
・アヤミハビル館 ⇒ コチラから
・ティンダバナ ⇒ コチラから
・浦野墓地群 ⇒ コチラから
・与那国島の凱旋門 ⇒ コチラから
・与那国島の海底地形 ⇒ コチラから
・宇良部岳 ⇒ コチラから

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