玉城朝薫の生誕三百年記念碑





玉城朝薫の生誕三百年記念の石碑です。場所は、那覇市の末吉公園の中にあります。玉城朝薫は、琉球組踊(くみおどり)の創始者です。

記念碑には、朝薫の代表的な組踊作品五組がレリーフに描かれています。五作品というのは、「執心鐘入(しゅうしんかねいり)」「銘苅子(めかるしぃ)」「孝行之巻(こうこうのまき)」「女物狂(おんなものぐるい)」「二童敵討(にどうてきうち)」で、琉球王朝時代、冊封使(注1)を歓待するために考え出したものです。

(注1)冊封使(さくほうし、さっぽうし)…中国王朝の皇帝が、付庸国の国王が新たに即位する際、それを認める勅書等たずさえ授けるために派遣された使節をいう。

この記念碑は、朝薫生誕300年を記念して、昭和60年(1985)3月に建てられたものです。この場所に造られたのは五作品のひとつ「執心鐘入」の舞台となった「万寿寺」(遍照寺)が現在の末吉公園内にあったからですが、このお寺は、沖縄戦で焼失してしまいましたので、現在は残っていません。

「執心鐘入」のあらすじをHP「文化デジタルライブラリー」から引用しますと、
美少年の中城若松(なかぐすく わかまつ)は、首里へ奉公に向かっていました。その途中、日が暮れてしまい、一軒の家に泊めて欲しいと願います。その家では、若い女が1人で留守番をしていました。女は親が居ないときは泊められないと断ります。しかし若松が名乗ると、女は有名な若松に憧れの思いを寄せていたので家に招き入れました。
若松は眠りに就きますが、女は若松への思いを遂げようと若松を起こします。かたくなに拒む若松。恋が成就できないならば共に死のうと若松に詰め寄る女。身の危険を感じた若松は女の元から逃げ出しました。
若松は末吉の寺に逃げ込み、住職に助けを求めます。住職は若松を鐘の中に隠し、寺の小僧達に番をさせ、決して寺に入れるなと言いつけます。そこへ若松を追い、女がやって来ます。小僧達は、はじめは女を追い出そうとしますが寺に入れてしまいます。
寺中を探し回る女のただならぬ気配に気付いた住職は、若松を鐘から連れ出して逃がします。逆上した女は、鐘にまとわりつき、鬼に変身します。しかし、座主と小僧達は法力によって鬼女を説き伏せ鎮める、というものです。和歌山県の紀三井寺に伝わる「安珍・清姫(あんちん・きよひめ)伝説」にそっくりですね。






朝薫について詳しくは、このサイトの「玉城朝薫の墓」をご覧ください。⇒ コチラから

地図をご覧になる方はコチラから ⇒末吉公園  末吉公園の駐車場が利用できます。末吉宮まで行かれる人は、足元が悪いので動きやすい靴を着用してください。ハイヒール、サンダルはケガをします。お避け下さい。 



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