雨つづ天つぎ御嶽
雨つづ天つぎ御嶽(あまつづてんつぎうたき)は玉城(たまぐすく)城(注1)内にある御嶽(うたき)で、琉球開闢(かいびゃく)七御嶽(注2)のひとつです。
名前のとおり、琉球王国では「雨乞い」の儀式のために使用された祭祀の場でもあります。 水不足で琉球王国の民が苦しむときには、国王自らこの地で祈りを捧げたといいます。
玉城城は別名アマヅツ城ともいわれ、琉球最古のグスクともいわれていますが、築城年・築城主とも不明という謎の多いグスクです。伝説では、 琉球創生の神アマミキヨが創ったといいます。
また、東御廻り(あがりうまーい 注3)という聖地巡礼地のひとつであり、神名「アガル御イベ、ツレル御イベ」が祀られています。門を入ってすぐの正面にありますので、この城は、軍事的な城というより、拝礼的な要素が強いようです。
この城の多くの郭は、太平洋戦争後の米軍統治下で、キャンプ知念の建設用石材として崩されてしまい、現存しているのは、残っている城壁のみです。
(注1)玉城グスク…コチラから
(注2) 琉球開闢七御嶽…アマミキヨによって造られた御嶽。以下、造られた順番。
・安須森御嶽(あすむぃうたき):国頭村辺土 ⇒ コチラから
・クバ御嶽:今帰仁村
・斎場御嶽(せーふぁうたき):南城市知念 ⇒ コチラから
・薮薩御嶽(やぶさつうたき):南城市玉城 ⇒ コチラから
・雨つづ天つぎ御嶽(あまつづてんつぎうたき):南城市玉城、玉城グスク内
・クボー御嶽(くぼーうたき):南城市知念(久高島)⇒ コチラから
・首里真玉森御嶽(しゅいまだまむいうたき):首里城内 ⇒ コチラから
このうち、"首里真玉森御嶽" は、沖縄戦と首里城改築工事による整備で失われ洞窟だけが残されています。名称の似ている "首里森御嶽(しゅいむいうたき)" は、首里城内の下之御庭(しちゃぬうなー)という場所に復元されています。クバ御嶽以外、現存する6ヶ所を、このサイトにUPしました。上の御嶽名にリンクしてあります。なお、上記の上から2ヶ所以外は、南部に集中しています。
(注3) 東御廻り…沖縄では太陽の昇る東方のことを「あがり」と呼び、理想郷「二ライカナイ」のある聖なる方角と考えられていました。首里城を中心として、太陽が昇る方向を東方(あがりかた)というところから、知念・玉城の拝所巡礼を「東御廻り」と称したそうです。その起源は 国王の巡礼といわれ、王国の繁栄と五穀豊穣を祈願する行事として始められたと伝えられています。
Google地図をご覧になる方はコチラから ⇒ 雨つづ天つぎ御嶽 玉城青少年の家の南に隣接しています。青少年の家の1本西の未舗装道を南へ。曲がるところの歩道上に矢印のついた道標があります。舗装はしてありませんが、駐車場もあります。右に向かう坂道を上ります。
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