辺戸御嶽(へどうたき)


辺戸岳頂上から本島最北端の辺戸岬


「御嶽」は「おんたけ」でも「みたけ」でもありません。沖縄では「うたき」と読みます。以前、友人からの電話で「"さいじょうおんたけ”は、どんな所か?」と聞いてきたので、斎場御嶽のことだと分かりましたので「"せーふぁーうたき" と読むのだ」と言うと、「何だ、滝か」という返事でした。私も沖縄に来る前までは "さいじょうおんたけ" と読んでいました。本土では "斎場" は通夜や葬儀を行う場所のことをいいます。長野県の"御嶽(おんたけ)" も信仰の山ですから、何か神聖な場所だろうとは思っていました。

辺戸御嶽は、別名は安須森(あしむり or あすむい or あすもり)御嶽といわれ、天から降りたアマミキヨ(アマミク・阿摩美久)が沖縄の島々を創ったとき、最初に こしらえた聖地といわれています。山の名は辺戸岳(へどだけ)といいますが、登山口の拝所には、黄金山(くがにやま)の名も見えます。どちらが本当なのかネットでも調べましたが両方とも記載があります。私の所属するサークルの年輩の方々にお聞きしましたが、どなたも、この山やこの山の御嶽の存在をご存知ありませんでした。「御嶽は、たくさんあるからねぇ」と言われます。沖縄では、御嶽は各集落にひとつ以上はあったそうですから、その総数はいくつあるのか?です。ネットで調べたら、辺戸御嶽は琉球開闢七御嶽(りゅうきゅう かいびゃく ななうたき(注1)の一つであり、沖縄最高の聖地のひとつだそうです。

私は登山靴を履いて手袋をして行きましたが、頂上へ行くには、下の写真のように険しい山道を登らねばなりません。岩場やロープ場もありますので、それなりの服装、靴の準備が必要です。また、頂上の祠の裏に「ここは聖地です 創造主が人類の保護育成のために遣わされた御地の神々を統率される男神へ 地上の天使たちが御恩と願い筋を上げる場所であります」と書かれています。本来は、一般人が登る山ではなく、祈りの人のみが登るのを許されるのでしょう。頂上まで行く人は、神聖な御嶽なので、厳粛な気持ちを持って登りましょう。私が登ったのは、下の写真の左端「シヌクシ嶽」です。



左に突き出て見える峰がシヌクシ嶽、その右がアフリ嶽、少し離れてシチャラ嶽。 この三つを総称して
「辺戸御嶽」という。一番高く見える右の峰はイヘヤと呼ぶが、これは辺戸御嶽には入らない。辺戸岬から


(注1)琉球開闢七御嶽…アマミキヨによって造られた御嶽。以下、造られた順番。
  ・安須森御嶽(あすむぃうたき):国頭村辺土
  ・クバ御嶽:今帰仁村
  ・斎場御嶽(せーふぁうたき):南城市知念 ⇒ コチラから
  ・薮薩御嶽(やぶさつうたき):南城市玉城 ⇒ コチラから
  ・雨つづ天つぎ御嶽(あまつづてんつぎうたき):南城市玉城、玉城グスク内 ⇒ コチラから
  ・クボー御嶽(くぼーうたき):南城市知念(久高島)⇒ コチラから
  ・首里真玉森御嶽(しゅいまだまむいうたき):首里城内 ⇒ コチラから
このうち、"首里真玉森御嶽" は、沖縄戦と首里城改築工事による整備で失われ洞窟だけが残されています。名称の似ている "首里森御嶽(しゅいむいうたき)" は、首里城内の下之御庭(しちゃぬうなー)という場所に復元されています。クバ御嶽以外、現存する6ヶ所を、このサイトにUPしました。上の御嶽名にリンクしてあります。なお、上記の上から2ヶ所以外は、南部に集中しています。



拝所の美しさは 沖縄の人々の 心の美しさ
(だから、拝所を美しくしましょう)という意味らしい
最初の拝所、黄金山の表示がある
黄金洞(拝所) こんな険しい山道を行く
頂上へはロープをつかんで 「ここは聖地です」の文字が読める
神々が降臨したという頂上の拝所


下の写真は、国頭村の道の駅「ゆいゆい国頭」の"そば"です。別々の日に行きましたが、左は道の駅食堂の "猪ぶたそば"。右は南隣りの食堂「わ〜家」の "いの豚野菜そば"です。「わ〜家」のそばは、山の頂上でおにぎりを2個食べてから行ったので、完食出来ませんでした。次回は、空腹で行かねば…。





地図をご覧になる方はコチラから ⇒辺戸御嶽 車の場合は、辺戸岬を過ぎて、辺戸地区公民館を左に見て200mほど進むと、右に車が2〜3台ほど置ける舗装された空地があります。ここに車を止めます。


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