ハイホーの沖縄散歩=中部地区=
日本最西端は与那国島の西崎(いりざき)ですが、沖縄本島の最西端は読谷村の東シナ海に面した残波岬です。自然のままの海岸線が、高さ約30メートルの断崖となって およそ2キロも続いています。磯釣りやダイビングのスポットでもあります。
灯台の南、西海岸にある残波ビーチは、白い砂浜が広がり、本島中部を代表する美しいビーチです。ビーチに立つ残波ロイヤルホテルでは、いろいろなマリンアクティビティもあり、青い海が続く沖縄らしい景色です。私が初めてここへ行ったときは、11月だというのに外国人が大勢で上半身裸でビーチバレーを楽しんでいました。私は服を着ていてちょうどいいくらいでしたので、外国の方々は皮膚が厚いのかと思ったくらいです。ビーチにはパラソルが並びジェットスキーが走ってリゾートっぽさも満点ですが、沖合には発達した天然のリーフがあって大きなイノー(礁湖、ラグーン)となっている天然のビーチでもあります。
この残波岬に、ひときわ目立つ泰期(たいき)の像が建っています。泰期は1372年に中山王・察度(さっと:注)の義弟として、初の進貢使として明に渡り、中国との交易時代を開いた先駆者だと伝わっています。明との交易によって莫大な財を築いた泰期は、商売の神様とも言われ、読谷村の残波岬には、そのビジネス能力とグローバルな感覚を讃えられ、中国福建省の方向を指した泰期の銅像が建っています。
台座には、次のとおり記されています。
モニュメント建立完成記念碑
1993年度、本会設立20周年記念事業として本モニュメントを企画、諸般の事情により台座までを建立し泰期像は時機を待つこととした。
それから15年、本会設立35周年と本村制100周年の大きな節目に泰期像を建立。並外れた勇気と使命感、統率力、国際的ビジネス感覚で大交易時代を先導した泰期を「商売の神様」として象徴化し、商売繁盛を期して ここに泰期像モニュメントの完成を記す。
2008年11月2日 読谷村商工会
なお、泰期は、実際には察度王の義弟ではなく、読谷山宇座の豪族で、察度の命を受け進貢使として明国に渡った際、明の皇帝に拝謁したり、要人と会うためには、王の弟という肩書の方が都合がいいので、察度王の弟に扮していたという説もあリます。泰期の中国への渡航は、何と5回に及びます。船での渡航は命がけの時代ですから、泰期の勇気や使命感は並大抵のものではなかったでしょう。
(注)察度…14世紀の琉球の中山王。察度王統は、初代の察度とその息子の武寧の二代、56年間続いたが、尚巴志に倒された。察度の誕生は ⇒ コチラから。察度が住んだという黄金宮は ⇒ コチラから。
《ご参考》残波岬のマリンアクティビティ…体験ダイビング、水上スキー、ジェットスキー、パラセーリング、ウェイクボード、カヤック、グラスボート、ビーチバレーなど/シュノーケリングはツアーでのみ可 問合せ:ロイヤルホテル沖縄残波岬 098-958-5000
那覇空港から残波岬までは、時間帯にも寄りますが、高速道路を使えば沖縄南IC利用で1時間くらい、一般道でも1時間20分くらいで到着しますが、国道58号線は、いつも混雑しています。
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4月からロイヤルホテル沖縄残波岬と名称変更した | 泰期の像 |
地図をご覧になる方はコチラから ⇒ 残波岬 広い駐車場がある。ホテルのランチはボリュームがあり美味しかった。ステーキは肉が硬かったのでモモ肉かなぁ。
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