新垣家住宅(那覇市)

新垣家



新垣家住宅は、那覇市壺屋にある陶工の住宅です。奇跡的に沖縄戦の戦火を免れました。たくさんの陶器店が軒を並べる壺屋の街の中でも、石垣と赤瓦のコントラストが美しい建物です。

県内に唯一残された陶工の伝統的住宅で、国指定重要文化財に指定されています。なかでも東(あがり)ヌ窯は琉球王国時代に造られ、1974年まで使用されていました。しかし、長雨の続いた2009年3月8日、午後8地40分、窯の屋根が、突然音を立てて崩れ落ちました。このため、国、県、市が費用を負担し、母屋なども含めて修復したものです。その後、一般公開に向けて防災設備を設置し、離れを展示室に改装しました。
一般の正式公開は、2021年4月3日の「シーサーの日」からです。公開されるのは東ヌ窯だけで、所有者の居住する母屋などは公開されません。
那覇市教育委員会文化財課の史料には、次のとおり記されています。

文化財(国指定建造物)指定年月日:平成14年12月26日
新垣家住宅は、那覇市壺屋に所在する陶工の住宅で、1974年まで陶業を営んでいた。約400坪の屋敷内には、赤瓦を連ねた主屋、作業場、離れ、登窯(のぼりがま)や石造フール、石垣などが残っている。中心となる主屋は19世紀後半までに建築されたとみられ、遅くとも明治末年頃までに現在の屋敷構えが整えられたと考えられる。新垣家は琉球王朝時代17世紀の壺屋統合の頃に読谷から移住して登窯を築いたと伝えられており、代々親雲上(ペークミー)の称号を有し、壺屋陶業での中心的役割を果たしていた。屋敷は南向きで、通りに面する南面と西面を石垣で築いている。門口に立つと東側には離れ、西側には赤瓦屋根の上に「チブルシーサー」を据え付けた作業場がある。入口からなだらかな石敷きを上ると正面に生垣のヒンプンが設けられ、奥には主屋があり、その東側に登窯、西側にフールを配している。主屋は、「ウフヤ」と「トングヮ」が一体となった造りで、「ウフヤ」は6畳の一番座に床、8畳の二番座に仏壇を構え、裏座が設けられており、台所の「トングヮ」には、煉瓦積の竈が設けられている。作業場は作陶のための施設で、離れも、もとは作業場として使われていた。登窯は通称「東の窯」と呼ばれ、全長約23m、幅約4mで最上部にある排煙口を除く窯全体が赤瓦の屋根で覆われている。新垣家住宅は、伝統的な壺屋陶工の住宅形式を知る上で唯一残された貴重な建造物である。
『那覇市の文化財』那覇市教育委員会

上記の文中に、石造フールとあるのは、近代文化遺産見学案内所のHPには、何を指すのかは不明とありましたが、豚小屋のことです。戦前の民家の敷地内には豚小屋が設けられており、人はトイレとして利用しました。



新垣家登り窯

 新垣家図面

図面は那覇市観光資源データベースよりお借りしました。

なお、ネット検索すると、首里末吉町にも「新垣家住宅」があります。この建物も登録有形文化財に指定されている古い建築物ですが、こちらは焼き物ではなく「しむじょう」という蕎麦屋さんですので、間違いのないように。詳しくは ⇒ コチラから。また、本部町の同名の新垣家(アラカチヤー) は現在、店を開けていません。

地図をご覧になる方はコチラから ⇒ 新垣家住宅 徒歩の方は必ず地図を持ってお出かけください。車の方は「那覇市壺屋1丁目28−32」にナビをセットしてください。駐車場はありませんが、周辺に有料駐車所やコインパーキングがあります。

 

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