ハイホーの沖縄散歩=那覇地区=
那覇市歴史博物館の資料を見ていたら、沖縄に「雪」の付く地名があることを知りました。沖縄本島で雪が降ったのは、公式には平成28年1月24日にみぞれが観測され、その前に降ったのは1857年というから大和の江戸時代末なので、めったに雪が降ることはありません。その沖縄に「雪」の字が付く地名があるというので、興味を持って調べてみました。
それは「雪の崎」という岬で、場所は、那覇市若狭町。波之上宮のすぐ北にあります。中国からの冊封使節の記録には「雪崎山」が見えるとあります。しかし、それは空から降ってくる雪とは関係がありません。岬の名「ゆーちぬさち」の「ゆーち」という発音を、漢字の「雪」を充てたのだといいます。どんなところなのか見てみたかったのですが、残念ながら埋め立てにより道路と緑地となっていますので、岬は現存していません。
詳しくは、若狭海浜公園の案内板に、次のとおり記されています(原文のまま)。
那覇市の北西部にあった岬の名称。中国からの冊封使節の記録には「雪崎山(せっきざん)」と見える(李鼎元(りていげん)「使琉球記(しりゅうきゅうき)」)。
「雪の崎」は、若狭町(わかさまち)の中央北側に広がっていた「上の毛(ウィーヌモー)」と呼ばれる高さ20m程の岩礁台地(がんしょうだいち)の突端。その下部が波の浸食により削られ、方言で「ユーチ」と呼ばれる斧(よき)(小型な斧(おの)、斧(おの)は方言で「ウーン」という)の形に似ていることから、「ユーチヌサチ」と呼ばれ、「ユーチ」の音から「雪」の字が充てられた。
「上の毛」は古くから拝所として利用され、崖下には大きな洞穴があったという。また「上の毛」の東側は墓地地帯で、さらに「アカチラ原(バル)」と呼ばれる海岸沙汀地(さていち)が広がっていた。西側には、「耳切坊主(ミミチリボーシ)」で有名な黒金座主(くろがねざす)の寺とされる護道院(ごどういん)があった。
沖縄戦後も、「上の毛」はその姿をとどめていましたが、1951年(昭和26)3月に米軍の立入禁止区域から辻(つじ)・若狭町が開放されたことによる区画整理事業の実施、さらに泊港南岸地域の埋立(現前島3丁目、若狭3丁目一帯)により削り取られ、その岩石は、埋立工事に使用されました。1959年(昭和34)9月に、残っていた「雪の崎」側の岩礁は、ダイナマイト爆破により取り除かれてしまいました。「上の毛」跡地には若狭小学校(1957年開校)が新設され、周辺に住宅地・公園用地が整備された。現在、爆破により残った岩の一部が、公園用地に取り込まれ、周辺住民の拝所として利用されています。
◎沖縄で雪が降った関係のページは、
「沖縄で雪が降った。ウソ・ホント?」⇒ コチラから。
「沖縄本島で初雪を観測」⇒ コチラから。
「沖縄で雪が降った記録(球陽より)」⇒ コチラから。
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公園内の拝所 | 若狭海浜公園 |
地図をご覧になる方はコチラから ⇒ 雪の崎跡 公園の有料駐車場があります。
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