ハイホーの沖縄散歩=那覇地区=
首里城と言えば守礼門が城の入り口の門として知られていますが、昔は同じくらいの大きさの門がもう一つありました。守礼門より西に、およそ500メートルのところにあった「中山門(ちゅうざんもん)」です。首里城に入る最初の門が中山門で、守礼門は二番目の門だったのです。どちらも扉はついていません。門なのに扉がないのは、世の中が平和に治まっている "しるし" であるという人がいましたが、建てられた1428年ころは、尚巴志(注1)が全島を統一する途上で、終盤期ではありますが、戦乱の最中ですから平和の世ではなかったと思われます。扉がないのは、名前は門でも中山門は別名「下の鳥居」と呼ばれていたように、鳥居の役目をしていましたので扉は付けられてなかったのだと思います。鳥居に門があってはおかしいですね。
中山門跡には、門があったころの面影を残すものは何もありません。いわれの記とされた石碑と染物店の壁に大きく「中山門跡趾」と彫られた木板があるだけです。首里城下の円覚寺の山門は復元計画がありますが、中山門の復元計画については、首里城の管理センターの方に伺いましたら、今のところは無いそうです。
![]() |
![]() |
![]() 沖縄県立図書館貴重資料デジタル書庫より(部分) |
現地の案内碑には、次のように記されています。 |
(注1)尚巴志(しょうはし)…琉球王国の第一尚氏の王、三山(中山、山北、山南)を統一し、15世紀に琉球王国を成立させた。
地図をご覧になる方はコチラから ⇒ 中山門跡
ナビゲーションはトップページにあります。
TOPページへ