安谷川(あだにがー)と安谷川坂(あだにがーびら)





那覇市の儀保交差点から南に150メートルほど進むと左にライオンズマンションがあり、そこで道路が二股に分かれています。右に行けば首里桃原(とうばる)町から山川(やまがわ)を経て安里十字路方面に。左に行くと安谷川坂といいまして、玉那覇味噌醤油店の前を通り首里城へ続く上り坂があります。この道は、浦添グスクと首里を結ぶための宿道で、現在は舗装されていますが、かつては石畳の道だったそうです。

安谷川坂 下りの階段

安谷川坂(左)と右は安谷川に下りるための階段、この階段の下には以前の石畳 があります。



この安谷川坂の途中から西に下がったところにある窪地が安谷川という湧水です。「川(かー・がー)」という名前がついていますが、井戸(湧水)です。沖縄では、井戸のことを「かー・がー」といいます。本土で言う「川」のことは、同じ字を書きますが「かーら」といいます。樋があって流れ落ちる水は「樋川(ひーじゃー)」といいます。

安谷川に下りる道は、以前は石畳の下り坂でしたが、現在は石畳保護のため改修されて、上の写真(右)のような人工的な階段となっています。この井戸は、15世紀ころにはあったようですので、相当に古いものです。村ガーとして共同利用されてきました。また、首里城へあがる者は、この水で手足を清めました。坂の名は、坂から下りたところに、この安谷川があることに因んだものです。沖縄では「坂」のことは「びら」といいますので、坂の名前は「あだにがーびら」です。

この湧水には、見たところ排水施設がありません。ガイドクラブの方の話では、井戸の側面に石造りの暗渠が掘られていて、40メートル北の真嘉比川(まかひがわ)まで水が流れているそうです。王朝時代の土木技術の高さがわかります。

案内碑には以下のように記されています(原文のまま)。
安谷川(あだにがー)
□那覇市指定文化財 史跡 □指定1978(昭和53)年11月14日
王府時代は首里城から島尻、中頭、国頭へ宿道(しゅくみち 王府時代の国道)がそれぞれ通り、番所(ばんじゅ 現在の市町村役所)から番所へと結んでいました。
浦添への宿道は、龍潭(りゅうたん)の北側松崎馬場跡から安谷川嶽(あだにがーたき)前を通り、儀保大道(じーぶうふみち)に続き、浦添番所へ通じていました。安谷川は、その坂の途中にあります。
このカー(井戸)は長方形に1メートルほど掘り下げられ、まわりの石積みはあいかた積みになっています。また水汲みの広場は石敷きになっていました。 排水は窪地のため、西端の暗渠を通して40メートルほど離れた川に流れるようにしてあります。石工のすぐれた技術を知るよい資料といえます。
15世紀中ごろの古謡「屋良(やら)くわいにや」にも歌われているので、古い時代からこのカー(井戸)のあったことがわかります。地域住民の日常生活に関わりを持った共同井戸として、大切な史跡です。
那覇市教育委員会 平成12年10月設置


改修された安谷川 案内碑

改修された安谷川(左)と現地の由緒書き


なお、最初に行ったときと、その後に行ったときでは、井戸の上に景観にそぐわない人工的な覆いができたり、背後の石垣の草木が刈り取られたりして きれいに整備されています。前の姿を知っている人には、風情がなくなったと思われるかもしれません。

地図をご覧になる方はコチラから ⇒ 安谷川・安谷川坂 

 

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