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フェーレー岩 (恩納村)

フェーレー岩

フェーレー岩


恩納村(おんなそん)の真栄田(まえだ)集落には、かつて「国頭方西海道」と呼ばれる宿道があり、主要道路として利用されていました。

「フェーレー岩」は、国頭方西海道の多幸山(たこうやま)山道にあり、このあたりに「石くびり」というところがありました。「石くびり」とは、石ころ坂という意味で、大岩が両側にそば立っていました。まさに、ここに金品を強奪するフェーレーが出没したと言われているところです。フェーレーとは、追いはぎのことです。

なお、多幸山山道とは、読谷村喜名から恩納村山田に至る険しい山道で、標高201メートル。喜名番所からヤンバルに抜ける最大難所のひとつで、街道は、昼なお暗く樹木が天を覆(おお)っており、あたりに民家は一軒もなかったそうです。

この難所を通る人たちに伝わるこんな歌があります。
  多幸山(たこうやま) フェーレーてぃんどー
  喜名番所(きなばんじゅ) に 泊(とぅ) まらないやー
  女(いなぐ) ぬてぃらん 番所(ばんじゅ) に 泊(とぅ) まいみ
  早(へー) く 村(むら) かかり

多幸山にはフェーレーが出るというから喜名番所に泊まっていこう。
女ともあろうものが番所に泊まるか。それより早く村に着きなさい、という意味です。

フェーレーは恐ろしい強盗だったものの、殺人の伝説は伝わっていません。また、フェーレー退治について次のような伝説がのこっています。

それはフェーレーの被害に困った王府が計画したもので、一人の女性に大きく重い石を風呂敷に包んで頭上に載せて、日暮れ時にフェーレー岩の横を通るというものでした。女性を見つけたフェーレーが「しめた」と竿鉤(さおかぎ)で風呂敷包みを引き揚げようとしたら、石の重みに引っぱられてフェーレーが岩上から落ちてきました。そこを離れて様子を見ていた役人が捕まえたということです。

1908(明治41)年ごろ、旧街道のおよそ数百メートル東側の谷を通って県道が開設されると、このフェーレー岩を通る人はいなくなりました。 この辺りには、真栄田の一里塚などの史跡も残っています。

Google地図をご覧になる方はコチラから ⇒ フェーレー岩 ここに行くときは、かならず地図を持参するか、ナビをセットしてください。1本道を間違えると行き着けません。 県道6号線を真栄田から山田方面に向かい真栄田協同売店前の信号を超えたら右折します。その角には、真栄田公民館右への青色の看板が立っています。集落の道を過ぎ小さな川を渡ったら、すぐ左折します。数百メートル進むと三差路があり、フェーレー岩体験場左折の標識があります。手作り工房「ひで房(休業中?)」を左に見て進むと、フェーレー岩が左に見えてきます。そのまま進むと一里塚から国道58号線に出れるようですが、国道に出る道は地図を見ると狭そうな上、私は食事のため山田に行く予定でしたので、同じ道を引き返しました。  


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