ハイホーの沖縄散歩=中部地区=
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大謝名の土帝君 |
土帝君は、中国では土地神とされます。16世紀ごろ沖縄に伝わりましたが、農業、漁業の神様。また、悪魔払いの神さまとして崇められています。土帝君は、沖縄本島やその周辺の離島など50か所くらいの祠があるといわれています。宜野湾市内には、大謝名と字宜野湾の2か所で土帝君を祀っており、旧暦の2月2日の腰憩い(くしゅくい)には拝みをします。
腰憩いとは、田植えを終えた後の慰労会のことで、豊作を祈願する行事です。腰憩いは男だけが参加し、豚肉を食べ、三線を弾いて夜中まで歌いながら踊って楽しむのだそうです。また、この日「土帝君」祭りを行う地域もあります。土帝君祭りでは、一年間に生まれた子供の健康とすこやかな成長を願う「子育て祈願」が行われます。
大謝名の土帝君は、石をご神体としており、祠に祀っています。大謝名の獅子舞保存会の崎間会長の話では「大謝名の土帝君には、昔は牛を供えていたが、次第に豚になり、その後は鶏を供えた。供え物がだんだん小さくなっていった。現在では、お餅と重箱料理や果物を供えて拝みをする」そうです。時代が変わって農業中心の生活ではなくなりましたが、現在でも土帝君との関りを大切にしているのです。
沖縄本島と周辺離島には50ヵ所くらいの土帝君の祠があるといわれています。沖縄県中、土帝君だらけです。土帝君の読み方はどの市町村によって差があり、例えば、大謝名の土帝君は「とぅーてぃくー」ですが、国頭村では「とーちーく」、本部町では「ていてぃんく」、那覇市では「とぅてぃーくん」と呼ぶそうです。
隣りには、沖縄戦で亡くなられた大謝名出身200数名を供養するための『謝魂之塔』と刻まれた慰霊塔が建立されています。
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大謝名の土帝君全景 | 謝魂之塔 |
地図をご覧になる方はコチラから ⇒ 大謝名の土帝君
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