仲間の印部石(しるびいし)





18世紀末、田畑を測量したとき、その測量のために図根点(ずこんてん)として設置されたのが印部石(別名、ハル石ともいいます)です。図根点とは、地図の精度を保持するため、地域全体にあらかじめ設置して位置と高さを測定した点のことをいいます。

上の写真は、浦添大公園の一角にあるものですが、見たところ、何の変哲もない石柱です。本来なら、この石から見えるところに 次の印部石があったはずですが、現在、浦添市には ここ1ヶ所にしか残っていません。戦禍にあったり、開発の際に抜かれたりしたのでしょう。石は風化して読み取れない文字もありますが、もともとは「ス あさと原」と刻字されていたそうです。スというのは、イロハ順で、那覇市具志には「ふ くし原」、うるま市赤道には「ノ 赤道原」という印部石も残っています。うらおそい歴史ガイド友の会のガイドの方のお話では、浦添には「あさと原」という地名は現存していないそうですが、その当時に作られた地図は、現在の地図と変わらないくらい精度が高いとか。伊能忠敬(1745年生)が生まれる前の話ですので、琉球の測量技術が高かったことが伺えます。石の高さは44cm、幅は21cmで、1737年から1750年の間に建造されたものです。下の写真の右に、印部石の廻りに石が置かれてありますが、この石は根張石といって、印部石を崩壊から守るためのものです。この囲った部分は印部土手(しるびどて)というそうです。



印部石 印部石


地図をご覧になる方はコチラから ⇒浦添ようどれ館 この地図の浦添ようどれ館の駐車場に車を置いて歩きます。場所はようどれ館の方に聞くといいでしょう。

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