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小禄(おろく)墓(宜野湾市)



小禄墓


小禄(おろく)墓といっても、現在の那覇市小禄ではありません。宜野湾(ぎのわん)市嘉数(かかず)にあります。 墓内に安置されている輝緑岩製の石厨子に「弘治7年おろく大やくもい6月吉日」の銘文があることから、「おろくばか」と呼ばれています。弘治7年は1494年にあたります。大和の時代区分だと鎌倉時代の初期です。この銘文は現存する沖縄最古の平仮名史料といわれています。「おろく」は村落名で、「大やくもい」は「親雲上」で、琉球王府時代の高級役人の官職名です。

丘陵の崖の中腹を掘り込んで、前面を切石や自然の雑石でふさいだ古い形の墓です。墓の大きさは幅8.5m、横2.4mありますが、葬式の時に御矯(肩にかつぐ輿)がそのまま入ると伝えるように、普段の墓口とは別に石積み部分に目地がついていて何時でも取り外せるようになっています。 このほか、この一帯には、横穴状に掘り込んだ、おそらく数百年にさかのぼる古い墓群が連なっています。小禄墓もその一つです。前を流れる川は比屋良(ひやら)川といいます。宜野湾市と中城村の境にある琉球大学構内から国道58号線を越えて牧港川と合流して東シナ海へと流れています。総延長は4.5キロあります(HP宜野湾シティなどを参考に作成)。

前々から一度、見学したかったので、数回、現地近くまで行ったのですが、パン屋の宗像堂から入る道は道が荒れていて閉鎖されていました。そこで市の文化課に聞いたところ、比良屋川公園内の事務所で聞いてくれと言われたのですが、教えてもらった道は、雑草に覆われて、途中までしか入ることができませんでした。

先日、嘉数高台公園の裏側のあるパン屋さんに行ったところ、新しい看板がかかっており、教育委員会文化課の電話番号があったので、問い合わせてみたところ、すぐ西北の ねたて内科クリニックの近くに駐車場ができ、川に降りる道から、小禄墓に入ることができると教えてもらい行くことが出来ました。

なお、旧国王の墓とか三司官の墓なら観光史跡ですが、ここは著名人でもない他家のお墓ですので、写真を撮るのは控えました。上の写真は、沖縄観光コンベンションビューローのHPからお借りしました。


地図をご覧になる方はコチラから ⇒ 小禄墓  ねたて内科の少し西北にトイレ付きの広い駐車場があります。レンガ色に塗装された坂を下りたところに地図が掲示されていますので、それに従って進めば、小禄墓に到着します。Google mapを見ると、降りた道のすぐ脇にあるように みえますますが、実際は、道を直進し、途中の階段を降り、橋を二つ渡った所にあります。


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